宮崎ロッド・Prime TimePiggy's Tail

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どこもかしこも間違っていないでしょうか? - 2003-02-24

目

さて、きょうの子豚はStormyです。先ほどのニュースで日本政府がイラク攻撃に対して戦費負担をすると取れる発言をしたようです。「新たな国連決議無し→イラク攻撃」の場合の政府の態度は例によって明らかにしていませんが、日本の「参戦」はこれで決まったようです。

小泉首相がいう「国際社会」とはいったい何かを私は考えていましたが、それは普遍的な価値や広がりといったものを意味するのではなく、その言葉で覆い隠そうとする、言葉とは裏腹なものがあると確信するようになりました。

日曜日のニュースで保守系国会議員が「対北朝鮮問題のためにも(イラクを攻撃する)アメリカを支援すべきである」と言っていましたが、そのためにイラクの何十万人の人々が虐殺されたとしても何の呵責もない、ということでしょうか。

国際貢献が大事といいながら強者になしくずしに追従し、弱い者には金をちらつかせて懐柔しようとする。そんな国に誇りを持てと子供に教える。大人には何も言わないことが国益だ、という。

どこもかしこも間違っていないでしょうか?

Posted by TM* at 2003-02-24 13:50 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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すべての人の心に花を - 2003-02-11

すべての武器を楽器に!─15日、喜納昌吉さん達がイラクで「すべての人の心に花を」を唄うそうです。

「国家単位の『利権』という世界と人間を呪縛する構図から解き放たれるべきである」と喜納さんは「すべての武器を楽器に/ "Lay down your weapons , take up musical instruments"」1997年・冒険社刊の中で主張しています。

核兵器、生物科学兵器などの大量破壊兵器の使用や拡散の恐ろしさが盛んに、繰り返し喧伝されています(米国のイラク先制攻撃の大きな理由とされてもいます)が、劣化ウラン弾や無人攻撃機やテレビ誘導ミサイルや通常爆弾、自動小銃の弾丸にしてもそれに晒されるものにとって残酷さ・恐ろしさはまったく同じものであろうと私は思います。

今日、イラク攻撃のTV討論(のようなもの)を見て、この戦争を支持する人たちの論からはこの視点がものの見事に抜け落ちていることと「国益」「国際貢献」という言葉の響きの中に、もしこの戦争を始めれば20万〜50万人の老若男女が挽肉になってしまうことを前提に言っているのか、という憤りを私は感じ続けました。

自衛的な先制攻撃(?)への支持、中東に民主国家をつくり拡大しようという逆ドミノ理論、と論じられることの前提としてこれらの命の重さを論者の言葉の中に私は感じることがまったく出来ませんでした。

奴隷というのは、奴隷同士では互いに主人の自慢をしあって張り合う、とどこかで聞いたことがあります。彼らを見ていて、そんなことを私は思い出しました。

Posted by TM* at 2003-02-11 13:38 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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平和をつくり出す人たちは、さいわいである - 2002-12-21

共に過ごすクリスマスは親子にとってかけがいのないひとときである、と子供がいない子豚は想像します。しかし、自分たちの意志とは別な力で離ればなれの家族がいます。

日本と北朝鮮の間で、アラビア海の巡洋艦と日本の間で、その距離の隔たりのなんと遠いことでしょうか。

言い伝えではベツレヘムに輝く星を頼りに東方の三博士は誕生したイエスの元に導かれたといいますが、無明(むみょう)を照らす星星の下で、離散の悲しみの中にあるこれらの家族に幸いがあらんこと、私はお祈りいたします。

 こころの貧しい人たちは、さいわいである、
   天国は彼らのものである。

 悲しんでいる人たちは、さいわいである、
   彼らは慰められるであろう。

 柔和な人たちは、さいわいである、
   彼らは地を受けつぐであろう。

 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
   彼らは飽き足りるようになるであろう。

 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
   彼らは神の子と呼ばれるであろう。

  1. マタイの福音書」より
Posted by TM* at 2002-12-21 20:02 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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イージス艦の派遣 - 2002-12-05

アラビア海へ海自のイージス艦を政府は派遣しようとしています。「能力が高い。持っているものを使うのは当然。(派遣は)国民の理解を得ている」ということらしい。あっさりと福祉・平和国家の看板を下ろしたなと私は思いました。

ここのところ強硬で改憲派の議員達が元気なようですが、見方を変えると失脚した加藤紘一さんの防衛利権を取りあっている、ちょうどその口実として対テロ、北朝鮮などは彼らにとっては好機といえるのではないかと私は勘ぐりたくなります。

内政に展望が見いだせない時、外に「敵」を見出して愛国心を叫んだのは大抵が壊滅的破壊をもたらした指導者たちですが…どうやら彼らの系譜は脈々と息づいているようです。悲しいことです。

Posted by TM* at 2002-12-05 10:09 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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”Why?”という問いかけ - 2002-04-09

パレスチナ情勢は「きな臭い」をとうに通り越して聖誕教会内にいるといわれているパレスチナ人に対してイスラエル軍が攻撃するという事態に(大袈裟に言えば)キリスト教全体の対応が厳しさを増すという、あの恥じ入るべきプロバガンダ「文明の衝突」のシナリオを彷彿とさせてきているようです。

パクス・アメリカーナを夢見る野望は「正義と悪」の踏み絵を全世界に強いているようですが、自らのロジックに足元をすくわれて「愛国者法」とひき換えに「”Why?”という問いかけ」を忘れてしまっているのではないかと私は思います。いま起きていることは「自由と民主主義」という高貴な旗印の下に冷徹な植民地支配を行っていたなどという西欧世界の倒錯を思い起こさせます。

「ダブル・スタンダード」─何という卑しい言葉でしょうか。片方の手で爆弾を投下して、残る片方の手で人道支援をする。人権を掲げながら非民主的な政府を援助する。全てのテロに毅然と戦うが自国自身の「国家テロ」はその範疇にない。難民キャンプ?強制収容所とどこが違うのか。私にはよく分かりません。

聖誕教会もバーミアンの大仏像と同様に「恥辱」にまみれて崩れようとしているのでしょうか。

Posted by TM* at 2002-04-09 06:01 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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