宮崎ロッド・Prime TimePiggy's Tail

道理をわきまえない者に物理を学ぶ資格はない - 2002-01-30

真夜中の「子豚のしっぽです。久しぶりの夜更かしになってしまいました。そろそろ寝ようかなと思っています。ふぁ〜〜、

道理をわきまえない者に物理を学ぶ資格はない」とある物理学者が言ったそうです。なるほど、ものごとの理(ことわり)を探求する学びに大切なことを実に簡潔に言っておられるなと私は思います。

その道理はどのように養われるのでしょうか?図式的に考えると、人がこの世界に生を受けた瞬間、母親との結合を解き、自立した生命としての「個」となったときから様々な「働きかけ」が心の中にそれを築くのだと考えてみると、幼少時の生活環境や教育──よく遊び、本を読み、テレビを見て、ゲームをして、教師の話を聞き、自分の意見を言い、他者の意見を聞き、時に喜び、悲しみ、怒り、時に間違え、自らの過ちを認めて他者の過ちを許す…という場所の重要性はいうまでもないと私は思います。

最近の3つの出来事──(1)東大和での中学生たちのホームレス暴行殺人事件(2)雪印食品の不正(3)NGO排除事件の鈴木宗男氏と野上外務次官の言動──を考えると私にはどうも道理をわきまえることを教わらなかったのか、あるいはそもそもそんなものは無いものかと考えてしまいます。

いま、この日記を書きながら田中外相と野上外務次官の更迭の顛末と小泉首相の記者会見をラジオで聞いています。「涙は女の武器」とにやにやしていた時と違って声を詰まらせての話し声で結果報告をしています。政界では「けんか両成敗」「痛み分け」のようですが、事の発端を考えれば何の解決にもなっていないと私は感じました。そしてこれらの過程は相変わらず「密室」のなかで行われている。しかし、NGOの大西さんという当事者の証言があるために「玉虫色」に嘘でうやむやにできない。

世渡りは道理だけではできない、世間にはシロクロはっきりしない灰色の部分はある、またそうでなければ窮屈で息が付けないかもしれない。しかし角材で人を殴れば死んでしまうし輸入肉を国産肉と詐称するのはごく日常的なことのようだし、鈴木氏が外務次官にとって受け入れがたい主(あるじ)だったようだし虚偽答弁をうやむやにするために更迭したりと、起こった事ごとはごく「当たり前」のようです。

Posted by TM* at 2002-01-30 22:40 in 暮らしの周辺 » 雑感 | English | Permalink
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夜の静寂に響く… - 2002-01-27

久しぶりの「子豚のしっぽ」です。レイトなお昼用に肉まんを蒸しています。今年の冬は湯豆腐と肉まんに凝っている子豚であります。

Jazzをお色直し&追記いたしました。こういう「真っ黒」な背景に憧れて(?)いたのですがやっとこ使うことができました。「夜の静寂に響く…」というジャズファンにはお馴染みのイメージではありますが、どうかお楽しみください。

Posted by TM* at 2002-01-27 22:40 in 暮らしの周辺 » メモなど | English | Permalink
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カタカナの「ト」に - 2002-01-22

久しぶりの「子豚のしっぽ」です。洗濯終了、コーヒーで一服中です。

カタカナの「ト」に「一(いち)」の引きようで「上」になったり「下」になったりします。トの字の上に一を引くと「下」という字になり、われわれ下々の者には上のことがよく分からない。また、トの字の下に一を引くと「上」という字になり上つ方は下々のことをご存じではない。「中」という字は「口」に上下の線が引かれているので上にも下にも口が利ける…。落語ファンならご存じ、「目黒のさんま」の語り始めです。

アフガニスタン復興支援国際会議から特定のNGOを閉め出そうとした国会議員と外務省の顛末をニュースで知って、私はこの落語を思い出しました。

「非政府でやられている方々が(政府主催の会議に)出たいというのはよく分からない」というようなことを議員さんがニュースの中で発言していましたが「一」から下どころか「中」から上下の線が抜けたかのようで失笑してしまいました。しかしニュースの発言・映像は例によって一部抜粋なので判断は慎重にしたいとは思いますが。

「お上の言うことはあまり信用しない」とのNGO代表の記事が事の発端だったのだろうと想像しますが、ここは「中の字」の精神で考えれば外務省においては「機密費疑惑」、農水省においては「狂牛病問題」等を観れば分かるとおり、お上を「信用できない」のは特定の人や組織が持つ特定の考え方ではないと思えるのですがいかがでしょうか。また、それらの行政組織がどれだけ「信用」できるのでしょうか?

自分とは違った意見を持っているから気に入らないからといって排除できる、そうであれば、民主主義国家という看板は(もしあるとするならば)返上というところですが結果的には回避されたようです。しかし会議の「政府間会議」という位置づけは変わりはなく、NGOはごく一部に立ち会ったに過ぎないことに変わりはありません。

会議閉幕にあたっての共同会見でもこの問題が取りあげられて「NGOの役割を理解しない国」という否定的なメッセージを全世界に大いに発信したようでGO関係者には喜ばしいかぎりでしょう。

この国は「上」から「一」の字がなくなり「中」の字で当分は行けそうもないようです。援助をしたい人々、援助を待つ人々にとって、そしてこの国の人々にとって、それはとてもとても残念なことです。

Posted by TM* at 2002-01-22 22:23 in 暮らしの周辺 » 雑感 | English | Permalink
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未来への教室、ラインホルト・メスナーさん - 2002-01-08

先日、NHK教育番組「未来への教室」ラインホルト・メスナーさんの授業を見ました。ムハマド・ユヌスさん、ローラ・ボーさんやシーア・コルボーンさんなど、大人の私でも興味津々な人たちが自分が学んだこと、経験したことを小中学生ぐらいの子供達に授業します。

まず、メスナーは子供達を岩壁に連れていってフリークライミングを教えました。

初めは易しいコース、次はオーバーハングがある非常に難しいコース。楽々と登るメスナーを怖々と真剣にコースを「記憶」しようとしている子供達。皆後込みしているけれども易しいコースは一人を除いてクリアーします。しかし、難しいコースでは全員が途中で立ち往生、体が伸びきってホールドを失ってしまいます。もしも「命綱」がなければ滑落、ただでは済まない。

メスナーは岩登りの楽しさを教えながら自分の限界を知る大切さを教えました。最初の壁を乗り越えて有頂天になった子供の高くなった鼻を挫くやり方がとても見事だなと思いました。

次回は1月12日(土)20:00〜20:45の「氷河の頂をめざせ」でアルプス・シミラウンの標高3.606mを目指します。

Posted by TM* at 2002-01-08 22:22 in 暮らしの周辺 » メモなど | English | Permalink
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Netscape 6.2 - 2002-01-08

お昼休みの「子豚のしっぽ」です。只今コーヒーをいれています。この時間を利用してNC(ネットスケイプ)ブラウザを6.2から6.2.1にバージョンアップしています。約5分で完了。NCのホームページが表示されるとアップルのiMAC液晶ディスプレイ+DVD・デスクトップPCの新製品発売とのニュース。

6.2を使ってみての感想は、(1)IEで適正化されているサイトでもほぼ同じように見える(2)ブックマーク(お気に入り)の更新情報が取得できて重宝(3)作動が軽い(ような気がする。IEに対して)(4)サイドバーが多機能で重宝、といったところでしょうか。

現在はメーラーもNCを使用していますが先日、ついにこちらへも「W32.Badtrans.B@mm」がやって来ました。アンチウイルスソフトのアラートも初めて見ました(ちょっとドキドキしました)。うーむ、こんな辺鄙な(?)所にもやって来るとは相当の蔓延ぶりというのも分かります。

Posted by TM* at 2002-01-08 22:19 in Web関連 » WWW | English | Permalink
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生命の勝敗、失敗国家 - 2002-01-05

夕方の「子豚のしっぽ」です。今、外を焼き芋屋さんが通りすぎたところです。西の方(秩父の山並みがちょっと見えます)は夕焼け。昼間が暖かったので気温の下がりかたが急に感じます。

私が好きな本に「アースワークス」ライアル・ワトソン著・筑摩文庫があります。必ずキャンプに持っていきます。特に好きなのは第1章の「生命の勝敗」です。ここに「ボスコ人」が登場します。

アフリカの言葉でストランド・ローパー(浜辺の散策者)と呼ばれる、か細い骨格と現代人より30%も大きな頭蓋を持ち、氷河期に滅んでしまった人々です。彼らの「遺跡」には遺物らしいものはほとんど無く、堆い貝塚と僅かな石器があるだけだといいます。

進化の上では彼らは勝ち残ることが出来なかった進化の系統のいわば「失敗作」「学問的にはほとんど意味のないフリーク」だというのが通説であるといい、ブッシュマンの祖先だという説もあるそうです。しかし、ワトソン博士は「どちらの考え方も、わたしには疑わしいと思う。」と記しています。何故かというと、彼らとワトソン博士は「ある秘密」を共有しているのですが、ここでは内緒にしておきます。

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時々ですが失敗国家」という言葉を見ました、例えばこんな風に。

『「失敗国家」がテロを生むなら、「失敗国家」を生まないようにしようということだ。』『マクロ経済政策に関しては日本はもはや「失敗国家」も同然だ。』、『シルクロードは失敗国家群が生み出すテロリストたちの裏街道となった。』、『次々と「失敗国家」に転落する中央アジア、そしてアフリカ。』『旧ソ連が解体した後で、中央アジアにたくさんの国が生まれました。国とは言っても、経済的裏付けもインフラ整備もないまま、なしくずしに独立した国々の経営はむずかしく、どこも貧困にあえいでいます。いわゆる失敗国家です。』

「日本@世界」各章より/船橋洋一
アサヒコム連載コラム(http://www.asahi.com/column/index.html)

なるほど、こういう目線もあるのだなと思います。

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私の好きな音楽、ジャズ、ブルース、ソウル、琉球弧の音楽等々は「非平均律音楽圏」というようなところにその源流を持っています。その図版はちょうど失敗国家群にほぼ重なっているようです。

それらの音楽は私の暮らしを豊かにしてくれます私の人生へのとても嬉しい、重要な贈り物であると言ってもいい。そしてそれらは今もそこから私の手元(心)に届いています。

経済や政治の尺度から離れて、音楽や文学など文化から改めて見回してみると世界にはこの「豊かな贈り物」は届いていないなと私は思ってしまいます。

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「失敗」という言葉には特別の力があるようです。成功と失敗、勝利と敗北という風に何かの状況を一見分かりやすく仕切ってくれる。それは目標にもなり、結果にもなる。

しかしそういう二者択一的にそれほど単純なものではない面もあるでしょう。たとえば、一つの成功の影に多くの失敗の積み重ねにあったりもする。生命の進化で言えば、その飛躍は「失敗作」「敗残者」によってなされたとも言える。失敗「した」のか失敗「させられたのか」という問題もある。そして「競争」が公正だったのかということもある。

さて、失敗国家から何を学べばいいのでしょうか。何を学んだのでしょうか。何を学ぼうとしているのでしょうか。それを考えてみる前にまず「浜辺の散策者」に教えを請うことを私はお奨めしたと思います。

Posted by TM* at 2002-01-05 22:11 in 暮らしの周辺 » 雑感 | English | Permalink

本年もよろしくお願いいたします。 - 2002-01-01

12-31分を加筆いたしました。「今月のひとこと」を更新しました。細かな更新ファイルを約50ばかりアップしてから「きょうピ」に取りかかっています。

今日は駅伝をTVで見ながらベケットの戯曲を読んで(器用なやっちゃのう)御神酒&正月料理の一日です。駅伝の走路が群馬県の太田と桐生という懐かしい町を通っていたので、走る選手と共に流れて行く風景がとても良かったです。

近所のスーパーの初売りをちょっと覗いてきました(一軒のみ1日から営業!こりゃ店員さんが大変だのう)。お総菜コーナーの中華点心(この字でよかったか?)各種が1こ50円。ちょっと見には美味しそうでしたが買いませんでした(私の情報網では閉店間際に半額だったそうです)。

「餃子は皮が命!」の餃子フルハンドメイド派(?)の私としては、スーパー点心系を食べて「旨い!」という経験がないのであります。夏の暑い日に手早く麦酒などをいただくときには重宝ではありますが…。

まぁ、点心というのは「作りたて」「熱々」が大切なのでしょう(それらはすでに冷めていました。うーむ、かわいそう)。値段はともかく、そういう工夫が「点心普及」のためには必要欠くべからざるものでしょうな。

がんばれ!スーパーの中華点心!

Posted by TM* at 2002-01-01 22:10 in 暮らしの周辺 » メモなど | English | Permalink
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